お墓のこと、お葬式のこと、遺言のこと。
なんだか、人生の終わりに向けた、少し寂しい準備のように感じるかもしれません。
でも、終活の本当の意味は、少し違います。
このブログの最初の一歩として、私が考える「終活とは何か」、そして私自身がなぜ終活アドバイザーを志したのかを、お話しさせてください。
終活とは「自分らしく今を生きる」こと
終活は、最後まで自分らしく生きるための準備です。
そして、後を託す人が困らないようにしておく、思いやりの準備でもあります。
最後のときは、誰にでも訪れます。
でも、ほとんどの人は「まだ先の話」と、なかなか受け入れられません。
人生に別れを告げることを想像するのは、誰だってつらく、悲しいことだからです。
けれど、人生には限りがある。
その事実をしっかり受け止めることこそが、終活の第一歩です。
いつか最後のときが来るからこそ、限りある今を大切にしようと思える。
終活とは、決して後ろ向きなものではないのです。
病気や認知症で、自力の生活が難しくなったら。
自分の亡きあとの手続きは、誰に頼もうか。
まだ起きていないことを想像し、その備えを考える。
その手助けをするのが、終活アドバイザーの役割です。
私が終活アドバイザーを志した3つの理由
ここで少し、私自身の話をさせてください。
私が終活アドバイザーの資格を取ったのには、3つの理由があります。
ひとつ目は、地元への愛着です。
実家の相続をきっかけに、私は数十年ぶりに、この地元へ帰ってきました。
離れていた土地に戻ってこられた、あのうれしさとわくわく感は、今も忘れられません。
幼いころ、自転車で走り回った細い路地。
母とよく出かけた商店街。
町並みはすっかり様変わりし、古い風景は近代的な建物に変わっていました。
それでも、当時の思い出は、私の中で少しも色あせていません。
そんな地元に、自分なりに何かできることはないだろうか。
そう考えていたとき、ふと目に飛び込んできたのが、ユーキャンの「終活アドバイザー講座」でした。
最初は、興味本位だったかもしれません。
でも、学ぶうちに、これは自分が本当にやりたかったことだと気づいたのです。
ふたつ目は、母の姿です。
正直なところ、私自身、終活の知識はほとんどありませんでした。
でも、母の闘病生活を間近で見ていて、気づいたことがあります。
母が、子どもたちへの相続に、とても気を使っていたことを。
言葉にはしなくても、残される家族のことを、ずっと考えていたのだと思います。
その姿が、私を終活へと向かわせました。
3つ目は、これからの社会に必ず役立つと思ったからです。
超高齢社会は、もう絵空事ではありません。
実際、私が暮らす地区でも、高齢化はどんどん進んでいます。
子ども会はかろうじて続いていますが、子どもの数は年々減るばかり。
自治会の集まりに顔を出せば、集まるのは高齢の方ばかりです。
役員をお願いしようにも、「無理」「できひん」と、みんな後ろ向き。
地域そのものが、年を重ねているのを肌で感じます。
こんな時代だからこそ、終活の知識は必ず誰かの役に立つ。
そう確信して、私はこの道を選びました。
このブログでお伝えしたいこと
このブログでは、終活アドバイザーとファイナンシャルプランナー、両方の視点から、終活にまつわるさまざまなことをお伝えしていきます。
お金のこと、相続のこと、お葬式やお墓のこと、住まいのこと、そしてペットのことまで。
私自身が、両親の介護や看取り、相続を経験してきました。
きれいごとだけでなく、実際に直面して悩んだことも、正直にお話ししていきます。
終活とは、自分らしく今を生きること。
そして、大切な人へ想いを託すこと。
難しく考える必要はありません。
まずは、できることから、ひとつずつ。
あなたらしい人生のために。
このブログが、その新しい一歩のきっかけになれば、こんなにうれしいことはありません。
このブログでは、終活の具体的なツールとして「ら・し・さノート」もご紹介しています。
自分のこと、家族のこと、これからのこと。
書き残すことで、頭の中が整理され、想いが形になっていきます。
▶ ら・し・さノートの詳細はコチラ
【画像出典】yahooフリー素材から引用
50代から始める「自分らしい」老後の設計図~後悔しない終活ロードマップ 